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福岡物語り

福岡物語り シリーズ8

発掘が語る福岡の歴史!古代の「福岡・博多」(旧石器時代~弥生時代)

はじめに

 福岡の北に広がる玄界灘は朝鮮半島に接し、そして中国大陸につながっています。このため福岡は、大陸文化との最初の接点という役割を果たしてきました。今回はそのような対外交流を示す遺物を中心に、発掘で出土した遺構・遺物から福岡の歴史をたどります。

旧石器時代

剥片尖頭器(有田遺跡群)<br><br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史より引用 <br>http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/414/index.html<br>
剥片尖頭器(有田遺跡群)

写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史より引用 
http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/414/index.html
  旧石器時代の暮らしは打製石器を主に使用し、食料を獲得する方法としては狩猟と採集だけに頼り、移動生活を送っていたようです。
 福岡においては、遺跡の痕跡から後期旧石器時代(今から3万年前)まで遡れます。
  有田遺跡からは、「剥片尖頭器(はくへんせんとうき)」と呼ばれる槍の先に付ける石器が発見されています。またこの石器は、朝鮮半島と九州を中心に出土することから、当時は朝鮮半島と九州間で人の行き来があったようです。
 剥片尖頭器は、他に博多区久保園遺跡でも出土しています。

有田遺跡

写真:福岡市の文化財、文化財情報検索、有田遺跡群より引用<br>http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/22
写真:福岡市の文化財、文化財情報検索、有田遺跡群より引用
http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/22
所在地:福岡市早良区有田・小田部
 早良平野のほぼ中央の独立丘陵に位置する旧石器時代から近世にかけての複合遺跡です。
 特に弥生時代はじめ頃の環濠は、長径300m、短径200mの大規模なもので、濠断面はV字形をなしています。また細形銅戈、や銅鏡2面(前漢鏡・小形製鏡)がいずれも甕棺(かめかん)墓から出土しています。

縄文時代

太郎迫式土器(後期:早良区四箇遺跡)<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、縄文土器の時代より引用 <br>http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/361/index02.html
太郎迫式土器(後期:早良区四箇遺跡)
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、縄文土器の時代より引用 
http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/361/index02.html
 縄文時代の遺跡で最も多く出土する遺物は土器と石鏃(せきぞく)です。
福岡市内では約1万800年前の土器が西区大原(おおばる)D遺跡で出土しています。
 石鏃は弓矢の矢尻で縄文時代が始まってしばらくして出現し、鹿やイノシシなどを捕っていたと考えられています。また、ドングリなどの堅果類を食料にすることも多くなったようです。
 南区野多目(のため)遺跡では貯蔵用の穴から約4千年前の水漬けの状態で保たれたドングリが奇跡的に出土しています。 

大原D遺跡・野多目遺跡

*大原D遺跡(発掘の様子)<br>写真:福岡市博物館ホームページ、展示・体験学習室、福岡発掘図鑑7より引用<br>http://museum.city.fukuoka.jp/exhibition/473/
*大原D遺跡(発掘の様子)
写真:福岡市博物館ホームページ、展示・体験学習室、福岡発掘図鑑7より引用
http://museum.city.fukuoka.jp/exhibition/473/
*野多目遺跡<br>写真:福岡市の文化財、文化財情報検索、野多目遺跡群より引用<br>http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail
*野多目遺跡
写真:福岡市の文化財、文化財情報検索、野多目遺跡群より引用
http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail
*大原遺跡
・縄文時代草創期の土器・石器
 約1万1千年前の住居跡です。床面には焼土面が数カ所と、黒曜石の破片も見られます。 
*野多目遺跡
 国立九州ガンセンターからその南の野多目大池の周辺には野多目遺跡群、和田遺跡群が広がります。遺跡は戦前から知られていましたが、昭和54年から発掘調査が始まり、先土器時代の包含層、縄文時代の貯蔵穴・落とし穴、同終末の水田関係遺構、弥生時代の住居・貯蔵穴や墓地、古墳時代の住居・墳墓、古代から中世の集落、近世の集落跡などが確認されています。

弥生時代

弥生時代、稲刈りの様子(イメージ)
弥生時代、稲刈りの様子(イメージ)
 約2千400年前には稲作文化が伝わり、人々の暮らしに時代の転機が訪れました(農耕社会、弥生時代の始まりです)。
 福岡平野では博多区那珂遺跡(なかいせき)や板付(いたづけ)遺跡に環濠(かんごう)集落が出現しています。
 また雑餉隈(ざっしょのくま)遺跡で出土した木棺墓(もっかんぼ)には、きれいに磨かれた石剣、磨製石鏃、壺が副葬されていました。

雑餉隈遺跡

木管暮<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、悼みの考古学より引用<br>httpmuseum.city.fukuoka.jparchivesleaflet331index.html
木管暮
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、悼みの考古学より引用
httpmuseum.city.fukuoka.jparchivesleaflet331index.html
副葬された壺<br>右:雑餉隈遺跡出土、左:藤崎遺跡出土<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、悼みの考古学より引用<br>httpmuseum.city.fukuoka.jparchivesleaflet331index.html<br>
副葬された壺
右:雑餉隈遺跡出土、左:藤崎遺跡出土
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、悼みの考古学より引用
httpmuseum.city.fukuoka.jparchivesleaflet331index.html

(発掘された主な遺物) 
◇ 西区の吉武高木(よしたけたかぎ)遺跡
 ☆1985年2月、甕棺(かめかん)、木棺墓(もっかんぼ)から副葬品
 ・銅鏡「朝鮮半島で発達した銅鏡である多鈕細文鏡(たちゅうさいもんきょう)」
 ・銅剣(どうけん)、銅矛(どうほこ)、銅戈(どうか)に加えて翡翠(ひすい)製勾玉(まがたま)、硬玉(こうぎょく)製管玉(くだたま)

地域を治める首長の墓と考えられています。農耕が伝わってからの社会変化を墓の出土品からうかがうことができます。

 ☆1983年、同じ吉武遺跡の北寄りの樋渡(ひわたし)地区の墳丘墓
  (高木遺跡の3号木棺墓より100年以上後の紀元前1世紀の墓)
 ・「重圏文星雲鏡(じゅうけんもんせいうんきょう)」と呼ばれる銅鏡(中国大陸の前漢の鏡で12個の漢字が浮き彫り)と鉄製の大刀

※この時代には朝鮮半島に設置された楽浪郡(らくろうぐん)を通じて中国からの文物が伝わるようになりました。

◇春日市の須玖岡本(すぐおかもと)遺跡、糸島市の三雲南小路(みくもみなみしょうじ)遺跡
 ・甕棺から30面を越える前漢鏡(ぜんかんきょう)などの副葬品

※それぞれ奴国(なこく)、伊都国(いとこく)の王墓考えられています。この時期の前漢鏡、鉄器などの漢文化の遺物は北部九州に集中して出土しています。
 
特に1784年の江戸時代に志賀島(しかのしま)で農民が偶然発見した金印「漢委奴国王」は歴史教科書にも取り上げられ、当時の倭の外交を最もよく示す物証といわれ、倭が国際社会に組み込まれていく過程を語っています。

「邪馬台国」は何処? 九州説と畿内説、今でも論争があるようです! 皆さんはどちら派?(ロマンが膨らみます)
重圏文星雲鏡(吉武樋渡遺跡)<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史より引用 <br>http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/414/index.html<br>
重圏文星雲鏡(吉武樋渡遺跡)
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史より引用 
http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/414/index.html
金印(横面)<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史、金印より引用 <br>http://museum.city.fukuoka.jp/gold/
金印(横面)
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史、金印より引用 
http://museum.city.fukuoka.jp/gold/
吉武高木3号木棺墓出土遺物<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史より引用 <br>http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/414/index.html<br>
吉武高木3号木棺墓出土遺物
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史より引用 
http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/414/index.html
金印(裏面)<br>写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史、金印より引用 <br>http://museum.city.fukuoka.jp/gold/
金印(裏面)
写真:福岡市博物館ホームページ、アーカイブス、発掘が語る福岡の歴史、金印より引用 
http://museum.city.fukuoka.jp/gold/